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東京地方裁判所 昭和30年(ワ)2705号 判決 1956年9月19日

原告 大和管機工業株式会社

被告 東昭倉庫運輸株式会社

主文

被告は原告に対し、金百二十万円及びこれに対する昭和三十年四月二十一日から支払ずみに至るまで年五分の金員を支払え。

原告の第一次的請求(約束手形金の請求)を棄却する。

訴訟費用は被告の負担とする。

この判決は原告において金三十万円の担保を供するときは第一項に限り仮に執行することができる。

事実

一、請求の趣旨

(第一次的請求)

被告は原告に対し金一二〇万円及びこれに対する昭和三〇年三月二五日から支払ずみに至るまで年六分の割合による金員を支払え。

(第二次請求)

主文第一項と同旨

訴訟費用は被告の負担とするとの判決並びに仮執行の宣言。

二、請求の原因

(一)、被告は、昭和三〇年一月二五日原告に宛て金額一二〇万円満期同年三月二四日振出地支払地東京都港区支払場所株式会社富士銀行芝浦支店なる約束手形一通(以下本件手形という)を振出し、原告がその所持人となつた。

(二)、よつて原告は、満期にこれを呈示して支払を求めたが、拒絶せられたので、被告に対し右手形金及びこれに対する満期の翌日から支払ずみまで年六分の遅延損害金の支払を求める。

(三)、仮に本件手形が、被告の使用人古屋正雄の作成にかかるものであるとしても、同人は被告代表者石橋又義の甥(姉の子)に当り、被告の経理担当者として手形振出の権限を有していたから、被告は本件手形につき責任がある。また仮に右古屋の手形振出が権限外の行為であつたとしても、古屋にその権限ありと信ずべき正当の事由があるから民法第一一〇条に基き被告にその責任がある。

(四)、(第二次的請求の原因)

仮に本件手形が偽造であり、被告に手形上の責任がないとしても、被告の使用人である古屋は、ほしいままに会社の印鑑を使用して本件手形を偽造し、原告に交付し、しかも原告の右手形の真否についての問合に対し、右手形は真実被告の振出したもので満期に必ず支払われるとの回答をしたので、原告はこれを信じて手形を割引いたのである。ところが右手形は不渡となり、原告は損害を受けた。被告は倉庫業、運輸業を営み、右古屋は被告の経理係として平素手形小切手用紙の記入手形小切手の授受、金銭の出納、印鑑の保管のほか、手形等の真否の問合せに対し回答する等の事務を担当していたのであるから、古屋の前記行為は被告の事業の執行の範囲内にあるものというべく、被告は民法第七一五条により右行為により原告の蒙つた損害を賠償する責任がある。そしてその損害の額は本件手形金と同額であるから、原告は被告に対し、右損害金及びこれに対する不法行為の後である昭和三〇年四月二一日から支払ずみに至るまで年五分の遅延損害金の支払を求める。

三、被告の答弁

(1)、請求の趣旨に対し、請求棄却の判決。

(2)、請求の原因に対し。

その(一)は否認する。本件手形は被告の使用人古屋正雄が被告のゴム印と社長印を盗用して偽造したものである。

その(二)のうち、手形の呈示及び支払拒絶の点は認める。

その(三)のうち、古屋が被告の使用人であり、被告代表者の甥に当ることは認める。その余は争う。古屋は経理課の一事務員に過ぎず、手形振出の権限はなかつたのである。

その(四)のうち、古屋が本件手形を偽造したこと及び被告の営業は認める。その余を争う。古屋の行為は被告の事業の執行と全然関係がないから、被告に責任がない。

四、証拠<省略>

理由

一、先ず本件手形金の請求につき検討する。

本件手形である甲第一号証は、その表面の記名のゴム印及び社長印が被告のものであることが当事者間に争ないので、反証のない限りその表面の部分は一応真正に成立したものと推定される。しかし証人古屋正雄、竹形一明の各証言によると、「被告会社においては手形発行の権限ある者は社長と経理課長竹形一明の両名であつた。訴外古屋正雄は、被告の経理課の事務員で手形振出の権限はなかつたのであるが、自己に金融を得る目的で、社長及び課長の了解を得ることなくほしいままに、会社の記名のゴム印及び社長印を使用して本件手形を作成し、割引を受けるためこれを訴外掛端某に交付したものであること。」が認められる。証人長南孝太郎の証言によるも右認定を動かすに足らず、他に右認定を動かすに足る証拠はない。

してみると本件手形の表面の部分(被告振出名義の部分)は右古屋の偽造にかかるものといわなければならない。

原告は、右古屋に手形振出の権限があると信ずべき正当の理由を有したから被告に責任があると主張するが、原告が本件手形取得の当時、それが古屋の作成したものであることを知つていたという事実それ自体、認むべきなんらの証拠もないのであるから、右主張は採用の余地がない。

よつて原告は、その主張のとおり本件手形の所持人であるとしても、被告に対し手形上の権利を取得するに由なく、したがつて本件手形に基き振出人たる被告に対し手形金の支払を求める本訴請求はその理由がない。

二、次の原告の損害賠償の請求につき考える。

本件手形が被告の被用者である古屋の偽造したものであることは、さきに認定したとおりであり、前示長南、古屋各証人の証言によると、「原告は、訴外長谷川某から本件手形の割引の依頼を受けたので、一方取引銀行である日本信託銀行株式会社を通じて被告の信用調査を依頼するとともに、原告の会計主任である長南孝太郎をして直接被告につき調査させた。長南は昭和三〇年二月上旬頃本件手形を持つて被告会社に行き、社長に面会を申入れたところ、不在であつたので、経理の責任者に会いたいといつたところ、古屋がその責任者だといつて出て来たので、同人に本件手形につき尋ねたところ、この手形は被告が土地買受の資金を調達するため振出したもので満期には必ず支払われるとのことであつた。なお日本信託銀行株式会社の調査によると、印鑑等被告のものに間違いないということであつた。そこで原告は同月一〇日頃右手形を受取り、銀行利息を控除した割引金一一八万余円を長谷川に交付したこと」が認められ、右認定を動かするに足る証拠はない。

以上の事実によると、古屋において右のような虚偽の回答をしなかつたならば、原告が手形の割引をしなかつたことは明らかであるから、これにより原告が損害を蒙つたとすれば、右古屋の行為は不法行為を構成するものといわなければならない。そして、原告が古屋の言を信じ満期には必ず支払われるものと確信して本件手形を取得したことは明らかであり、満期に支払場所に呈示したところ、支払を拒絶されたことは当事者間に争のないところであるから、他に手形上の義務者の認められない本件においては、原告はこれにより本件手形金一二〇万円相当の損害を蒙つたものといわなければならない。

ところで原告が被告に対し、右損害の賠償を請求しうるがためには、それが被告の事業の執行につき加えられたことを要するから、この点を考える。

被告が倉庫業及び運輸業を営んでおることは当事者間に争がなく、手形の振出の権限が社長及び経理課長竹形一明にあることはさきに認定のとおりであり、前示古屋、竹形両証人の証言によると、「古屋は経理課の事務員として、当時会社の印鑑の保管を任されていたわけではないが、社長の命により印鑑を金庫に出し入れする事務を担当し、且つ金庫の鍵を保管していた。そして経理課長の下で、手形用紙に所要の記入をして発行の準備をしたり、作成された手形を他に交付したり、他から手形を受取つたり、現金の出納、帳簿の記入等の事務を扱い、なお手形等の真否につき他から照会があればこれに回答する等のことに当つていた。したがつて古屋には右印鑑を押捺して手形を発行するまでの権限はなかつた。しかるに古屋は、ほしいままに右印鑑を使用して本件手形を作成し、本件手形の真否につき前記のとおり回答したこと」を認めることができる。

以上の事実によると、古屋の右事務の執行は被告の事業の執行と密接な関連を有すること明らかであり、古屋は窮極において独立して手形を振出す権限はなかつたとしても、古屋の本件手形の偽造及び手形の真否の問合に対し虚偽の回答をした行為は、外形上古屋の事務の範囲に属し、したがつて被告の事業の執行につきなされたものと断ずるのが相当である。

よつて被告は民法第七一五条により原告が古屋の行為によつて蒙つた損害を賠償する義務があるものというべく、原告の本訴請求はその理由がある。

三、よつて民事訴訟法第八九条第一九六条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 藤原英雄)

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